「”天剣”宗次郎」外伝
                   『いけいけ宗ちゃん!危機一髪!!』

 緋村剣心との戦いの後、善悪の行方を自分自身で見定めるべく旅に出た天剣の宗次郎
 こと、瀬田宗次郎は…いきなり路銀に困っていた…

 (ぐ〜…)

「…さて…困りましたね〜…」

 と…自分のお腹を手で押さえ…ぜんぜん困っていなそうな顔で宗次郎は呟いた…
 剣心との戦いから半月…取る物も取りあえず”善悪の行方…”などと言う途方もない
 疑問を抱いてしまったばっかりにこの先、ゆくえも知れない旅に出ることになってしまった宗次郎…
 …おまけに心の支えにしていた『強ければ生き、弱ければ死ぬ』と言う志々雄真実の言葉も…
 剣心の不殺(ころさず)の前に敗れ去り…「あっちょんぷりけ〜!!」
 ……と叫んだかどうかは知らないが…とにかく、宗次郎は困っていた…

「…それにしても…お腹がすきましたね〜…」

 そう…ぶつぶつと呟きながら宗次郎は街道沿いのお地蔵さんの隣に腰を下ろす…
 いつもニコニコした顔の宗次郎も…さすがに3日飲まず食わずはこたえた様で…
 笑顔の中にも縦線が入ってしまうほどお腹が空いていた…

「あんた…何してんのよ…」

 そう問われてふと顔を上げると…そこには一人の娘が立っていた…

「いえ…何をしてると聞かれましても…お腹が空いているので少し休んでいたんですよ」

 そう宗次郎が答えると、娘は…

「ふぅ〜ん…そうなんだ…」

 と呟き、立ち去ろうとした…
 思わぬ展開に…『おい!…それだけかい!!』と心の中で思ったが、
 今はそれどころでは無い…せっかくの好機、逃す手はない…
 強ければ生き、弱ければ死ぬ…この段階では確実に娘の方が強い!
 …と踏んだ宗次郎は娘を呼び止める…

「ちょ…ちょっと待って下さい…」

「何よ…お金なら無いわよ〜?」

 歳の頃なら15くらいの娘は宗次郎の”待って下さい”の言葉に間髪入れず…
 そう答えた…感情の蘇りつつ有る宗次郎も少し”むっ”としたが…
 何事も無かったかの様に切り返す…

「いや〜…お金は良いんですが…どこかで働く所は有りませんか?」

「無い」

「………」

 ほうけている宗次郎を後目に、娘はスタスタと歩いて行ってしまった…
 はた…と気づいた宗次郎は、こみ上げる怒りと言う久しぶりの感情を…
 拳を握りしめ…口はへの字に結び…空を見上げて滝の様な涙をながしながら…
 心の中で『緋村さん…僕はあなたに一歩近づいた気がします!』と念仏の様に繰り返し
 唱えながら耐えるのであった…
 そうこうしていても始まらないので…宗次郎は歩き始める…
 半時ほど歩くと小さな村に着いた…そこは、小さなあばら屋が15件ほど建ち並ぶ
 品粗な村であったが…この際贅沢は言ってられない…どうにかして食べ物にありつき
 たい気持ちでいっぱいな宗次郎…これがかつて日本中を恐怖で震え上がらせた…
 志々雄真実の重臣、十本刀最強とまでうたわれた”天剣の宗次郎”か…と疑いたくな
 る様なか細い声で、宗次郎をじろじろ見ている村人に話しかける…

「あ、…あのぉ〜…路銀がつきて困っているんですが…どこかで雇って…」

 と…そこまで言いかけて宗次郎はバッタリと倒れてしまった…
 いわゆる…これが本当の…『行き倒れ状態』である…

「ありゃ!…おめーさん大丈夫かね…」

 いきなり倒れこんでしまった宗次郎を見ていた村人が、ビックリして声をかける…

「はは…こ、…これは困りましたね〜…体に力が入りませんよ〜?」

 相変わらずニコニコしながらそう呟いている宗次郎…
 見る見る内に宗次郎の周りに人垣が出来た…こんな小さな村ではよほど珍しい事なの
 だろう…そこえ、聞き覚えの有る声が聞こえて来た…

「あたし…この人知ってる…」

「なんだ茜、この男知ってるだか?」

 あの村娘は”茜”と言う名らしい…

「うん、さっきお地蔵さんの所でへたり込んでたの…何でも、
 旅してるのに路銀がつきてお腹が空いて動けなくなってた間抜けな人だわ…」

 薄れ行く意識の中で…『僕は”間抜け”だったのか〜…間抜けって…間抜けって〜…』 
 と思いながら…またもや滝の様な涙を流しながら…気絶する宗次郎……

「……この男…泣きながら気絶しとるぞ…」

「まったく…こうはなりたくねぇ〜だな…」

 冷や汗を流し…そう呟き…宗次郎を見下ろしながら立ちすくむ村人達……
 村人達の心の中は…全員一緒であった…

 『この男…ど〜すんべ……。』

 こうして、宗次郎の命は…名も知らぬ村の…村人達にゆだねられたのであった…



 ふと…宗次郎は目を覚ます…
 そこは、見知らぬあばら屋の中…部屋と呼ぶには小さすぎる…

「……どうやら僕は、生きていた様ですね〜…」

 そう呟きながら宗次郎は自分に掛けられていた布団をめくり…上半身を起こす…

「あ、…起きただか」

 そこには、”茜”と言う村娘が立っていた…

「いや〜すいません…あなたが助けてくれたんですか〜?」

「あんな所で倒れて〜魅惑だって…一度話したくらいでみんなに押しつけられただ…
 別に助けた訳じゃないわ…」

 相変わらず素っ気ない娘に宗次郎はそれでもニコニコしていた…

「おまえ…それはあんまりな仕打ちだべ…」

 そう言ったのは、どうやら茜のお父さんらしい…

「だって…とうちゃん…」

「まぁ〜おめーさんも、腹が空いたべ…こっち来てたべんさい」

 期待していたとは言え、その言葉は宗次郎がここ数日待ちわびていた台詞だった…

「いやぁ〜すいません、お言葉に甘えていただきます〜」

 いろりの前にちょこんと座った宗次郎に…茜の父は、
 大根の煮付けと麦飯を差し出した…

「うわぁ〜!いただきます〜」

 そう言うと宗次郎は物も言わず食べ出した…まるで、無邪気な子供の様に…

「とうちゃん…なにもそんなごちそう出さなくても…」

 茜は不満そうに眉間にしわを寄せている…

「まぁ〜いいでね〜か…もうすぐこんただ物食えなくなってしまうからの…お裾分けだ…」

 茜の父は寂しそうに呟く…

「…とうちゃん…やっぱりあたし…」

「馬鹿言うんでね〜!…あんただ男におまえさやれるか!」

 二人の言い合いに宗次郎は箸を休め…

「へ〜…茜さんお嫁に行くんですか〜?」

「お嫁なんて…そんないい話でね〜さ…」

 そう言い放つと、茜まで寂しそうに下を向いて…
 そして…少しずつ話始めた…
 茜の話はこうだ…10日ほど前、この小さな村に11人の男達が現れ…金品や食料を
 奪ったあげく…茜をみそめたその男達の頭(かしら)が、
 茜を差し出せと要求していると言うのだ…

「へぇ〜…じゃ〜警察にでも届け出れば…」

 宗次郎がそこまで言いかけると…茜の父が言い放つ…

「そっただこと出来ねぇ〜!相手はあの志々雄真実だぞ!」

「え?!……」

 その名前に…ニコニコしていた宗次郎の顔が…真顔に戻る…
『志々雄さんは…あの時確かに死んだはず…いや…もしかして…』
 そう一瞬思ったが…
『…そんなはずは無いな…方治さんが僕に嘘をつく訳が無いし…』
 と、思い直す…と…なれば、残る答えは一つ…志々雄真実の名を語る”偽物”
 しか無い……そう思うと…さすがの宗次郎も、
 言葉には言い表せない怒りがこみ上げて来る…
 そんな宗次郎の心の内を知る由もなく…茜の父は話を続ける…

「おめーさんも聞いた事ぐらい有るべ…あの血も涙もね〜様なヤツが…こんただ村さ来て…
 いったいなんになるか知らんけど…男手一つで育てた娘さやれる訳ねぇ〜…
 かなう訳ねぇ〜けど…俺は戦うだ…」

「と〜ちゃん…止めて〜…そんな事したら村中皆殺しにされてしまう〜!」

 茜の言葉をさえぎる様に、茜の父は続ける…

「それでも俺はやる…やらねぇ〜と、おまえのかーちゃんに…あの世で会わせる顔がねぇ〜だ
 …だども…そうなるとおまえがあまりに不憫でなんね…なあ〜あんた、
 何処の誰か知んね〜が…そんなに悪いヤツには見えねぇ、茜を連れて逃げてくんねぇ〜だか?」

「とーちゃん!」

 茜の顔が赤く染まる…それは…恥じらいなのか…くやしさゆえなのか…はたまた…
 父への愛情からなのか…分からない…
 正直言って、宗次郎は驚いていた…茜を連れて…と言う事にでは無く…茜の父にだ…
 この世の中、自分のためなら自分の妻や子供まで犠牲にする男は珍しく無い…
 それを…茜の父はしない……茜の父が志々雄の名を語る者に勝てるとは思えない…
 宗次郎の力を持ってすれば…この親子を救う事が出来る…
 …しかし…この親子に助けられなければ…
 自分…宗次郎と言う人間は確実に死んでいただろう…
 『強ければ生き…弱ければ死ぬ…』この言葉に…始めて宗次郎は”矛盾”と言う物を
 感じていた…しかし、あの時…宗次郎が…片親だけとは言え血の繋がった兄弟達に殺
 されかけた時…命を救ってくれたのは一本の脇差しと…志々雄の言葉だったのは…
 事実である…

「…緋村さん…やっぱりあなたは厳しい人ですね〜…」

 宗次郎はぽつりとそうこぼす…

「え?」

 茜の声にはたと我に返る宗次郎…

「いえ、…なんでも無いんですよ…はは…そうだ!
 良かったら僕がその志々雄さんとやらに話を付けてあげましょうか?」

 と…顔に米粒を付けて…真面目な事を考えていたとはみじんも気づいていない
 宗次郎…いつもながらニコニコ顔でそう言い放つ…

「……とうちゃん…やっぱりこんなヤツ助けるんで無かったな…」

「………んだな。」

「や、…やだな〜そんな…はは…あれ?」

 そこには…予想もしない親子の会話に、戸惑う好青年が一人…
 顔に米粒を付けたままで…冷や汗を流しながら笑っていた……。


「NEXT」